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2007.05.25

■光市の母子殺人事件等に対しての所感です。

‥‥……━★

こんばんは。

本当に,毎日ニュースを見ているとイヤな事ばかり続くので,ニュースも見たくなくなります。。。しかし見ないと・・・。

先ずは,昨夜の記事からです。。。

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■光市の母子殺害、検察再び「極刑」主張…差し戻し控訴審

(読売新聞ニュース)

http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20070524i115.htm

山口県光市で1999年に起きた母子殺人事件で、殺人や強姦(ごうかん)致死などの罪に問われた当時18歳の元会社員(26)に対する差し戻し控訴審の初公判が24日、広島高裁(楢崎康英裁判長)であった。

 最高裁は2審・広島高裁の無期懲役を量刑不当として破棄しており、死刑が適用できる「18歳」を1か月超えた被告への死刑選択の是非が焦点になる。検察側は改めて「極刑をもって臨む以外に選択の余地はない」と主張。弁護側は、元会社員に殺意はなく、犯行は傷害致死罪にとどまると主張し、更生の可能性を訴えた。

 少年法は18歳未満の少年に対する死刑を禁じている。

 公判で、検察側は死刑適用の判断について、「年齢や反省などに重きを置く判断方法は、国民の法感情に反する」と指摘。「犯罪行為の悪質性や重大性を重視すべきで、更生の可能性を検討する必要性は全くない」とした。また、しゅん烈な遺族感情や社会への影響にも触れ、死刑の相当性を訴えた。

 これに対し、弁護側は「著しい精神的な未発達がもたらした偶発的な事件」と主張。強姦目的や殺意を否定し、「傷害致死罪にとどまる」と述べ、犯行時の精神年齢を12歳程度だったとした独自の鑑定結果を示して、更生は可能と指摘し、「一生かけて償うチャンスを与えられるべき」とした。

 元会社員は半袖シャツにズボン姿で出廷。裁判長の人定質問には、か細い声で答えた。退廷する際には、傍聴席に向かって深く一礼したが、妻と長女の遺影を両手で抱えた遺族の本村洋さん(31)と視線を合わすことはなかった。

           ◇

 閉廷後、本村さんは広島市内で記者会見。2審判決以来、約5年ぶりに法廷で見た元会社員の印象を、「表情や態度は事件当時とあまり変わらない。反省しているようには見えない」と述べた。弁護側の主張については、「真実かどうか私が言うことではないが、にわかに信じがたい。(元会社員は)真実を語り、心から妻と娘に謝罪して、この国の最高刑をもって罪をつぐなってもらいたい」とした。

(2007年5月24日23時18分  読売新聞)
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☆今日の一言☆
 
光市のこの事件も含めて以前から思っている所感を,今日は契機だと思い「つぶやき」を書かせていただきます。
 
私はこの事件だけでなく,他の事件についても「何故?」という疑問がいつも頭から離れません。
それは,どうして「被告」側に弁護士がついて裁判を長々とするのか?という点です。
 
これが,えん罪等の事件なら別だと思います。(警察の自白で無実なのに,有罪になったのを晴らす為の裁判は必要です。)
 
私の「何故?」は「被告」が行った行為は,結果として「被害者に死」を既に与えてしまっていること。
つまり,被害者は
「裁判すら受けられずに(弁明や釈明を聞かれたり,されないうちに),既に「死刑判決」を被告から受けている」というこの一点に凝縮されていると思うからです。
 
皆さん!これ程の不平等があっていいのでしょうか?まことにバカバカしい話ですが,何故「被告」にそれだけ多くの弁護が必要なのでしょうか?
 
もし「被告」を真に裁ける者がいるとしたら,それは「ご遺族」の方ではないかと思います。
できることなら,身柄を「ご遺族」の方に引き取らせて「私的裁判」を受けさせて上げたいと思います。。。そうすれば,亡くなられた「被害者」も本当に「納得」できるのではないでしょうか?
 
しかし法治国家だから仕方ないのかも知れません。。。この点だけは,未だに「何故?」です。
 
これからの子供達の為にも・・・。
本当に心が豊で人々が未来を夢見れる。「生き生き」と安心して住める世の中にして行かなくてはならないと思う今日この頃です。
先ずは,私も含めて家庭の中からの変革ではないでしょうか!
 
(今日も長々となりました。それではまた・・・。)

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コメント

うまく言えないですが勇気さんの意見に賛成です。私は中学の時に母を殺されました。いったい何がおこったのか気が変になりそうでした。両親は離婚しており、私には母しかいませんでした。その母を突然奪われ中学生にして路頭に迷うと言う意味を身を持って知りました。今は普通に人並みに生活してますが、なにかのきっかけに事にフラッシュバックします。恨み辛みの感情まで蘇り自分が恐いくらいです。わたしが相手に何も仕返しができなくても、必ず母の無念さわたしの苦しみ悲しみ以上を、犯人にはつぐなっていくことと信じます。たとえ日本国の法律で裁けなくても因果の法律で裁かれるはずです。この考えが今まで私を支えてきたからです。

投稿: 残された遺族 | 2007.05.25 12:59

残された遺族様

ご訪問&コメントありがとうございます。

本当に痛ましい事件にも関わらず「勇気」を出してコメントして頂き大変恐縮致します。慎んでお母様のご冥福を心よりお祈り申し上げます。
合掌。

中学の時から今まで,本当に筆舌にならないご苦労があったとご推察申し上げます。

私も親族を不慮の事故で亡くしました(心当たりがあり,今でもその人を殺人者と思っていますが,証拠が無いので悔しいです)私も,心の何処かで「狂気」が住んでいます。これはみんな程度は違いますが,人間なら皆同じ感情ではないでしょうか?

今まで,大変な心情の中頑張って来られたと思います。きっとお母様も見守って下さっていると思います。
最近,私が涙する曲があります。有名な「千の風になって(秋川雅史)」です。何回聞いても涙が出て止まりません。。。

お母様はさぞやご無念であったと思います。しかし,今は「残された遺族様」が前向きに生き抜いて行くことが,何よりの親孝行と私は思います。

「残された遺族様」が笑い・喜ぶ姿が何よりの供養でしょう。それは,私達の体は「父母の肉親を分けた身」であり,お母様はきっと「残された遺族様」の記憶の中で,体の中で今も一緒に住んでいると私は思うからです。

確かに心の傷は消えません・・・しかし喜んだら喜んだ分だけ,楽しかったら楽しかった分だけ,お母様も笑顔でいらっしゃるような気がしてなりません。

日本の法律には限界がありますが,仏菩薩の世界の法律「因果の理法」の中には限界はありませんから,犯人は必ず罰せられていると私は確信しています。「残された遺族様」の考えは,とても正しい事です。

昨今はいろんな事件が多くて,鮮烈に記憶が蘇って来るのでなおさら,辛い過去を忘れる事は難しいと思います。

今は未来の幸せを信じて,この「未聞の時代」を共々に踏破して生き抜いて参いりましょう!

最後に私の好きな言葉を贈ります。
「踏まれても 踏まれても なお咲くタンポポの笑顔かな」

とりとめも無い内容になりましたが,またよろしければご訪問下さい。

投稿: yuuki | 2007.05.25 17:58

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